自分はある時からひどく団地が好きになった。
確かに小さい頃は団地ともおを見ていたし、地球防衛軍や喧嘩番長などゲームの中でも登場してその外観が印象深いが、ある時点から自分は好きになった。
ある日自分の両親が葬式用のスーツがもう着れなくなっているからと近所のスーツの青山に連れていかれた。
車で20分ほどかけて車のシートで千と千尋の神隠しの冒頭シーンの千尋のようにシートに寝転がってうなだれていると、くねくねとした曲がり道に入っていって、車のスピードが自分にも明確に落ちたと分かる速度で景色が流れていく中で起き上がった。すると、白っぽい、よく見るとクリーム色っぽいような外壁に縦に少し長く、横に長く広がって側面の少し上の右の方に番号がふられた3棟の建物が見えた。
「おじいとおばあばっかだねえ」
「まあ、ここも限界団地みたいなもんだろうな」
両親のそんな会話を聞いたのを憶えている。自分は団地の部屋に一つ一つ設けられた錆びた鉄格子のような手すりのようなものを目にしながら、番号しか違わない団地の外見を一つ一つ観察しているうちに自分は団地が好きになったと気づいた。
というか見ているうちに涙が出てきたせいかもしれない。
そして実はもう一つ記憶に残っている団地がある。
その団地はとにかく最寄りの駅の駐輪場の目の前に建っていて、見た目は少し寂れていて、目につく部屋の外に設置された室外機はその塗装が段々と土の色になっていくのが分かる。
自分は大学の帰りに最寄り駅の駐輪場に留めてある自分の原付に跨って、エンジンを掛けずにヘルメットのストラップをだらんと垂れ下げたまま、茫然としている時間がしばらく続いた期間があった。
大学生活に不満と疲れを感じていた自分にとって傷ついていく毎日は自分の今の感覚を変化させるほど存在感を持っていたが、その中で自分はその団地に出会った。
というか団地の明かりと出会った。
疲れ果てて茫然と原付に跨っているとふと上を見上げる瞬間がある。
その時に自分の目の前に団地の明かりが見えた。
その明かりは団地の廊下を照らす明かりではなく、それぞれの部屋に灯ったそれぞれの人が灯した明かりだった。
その時自分は癒やされた。慰められた。
団地の明かりは決して眩しくなかった。なぜなら明かりが灯った部屋とそうではない部屋があったからだった。
明かりのある部屋には人がいる。
そうではない部屋には人がいない。
今から自分は家に帰る。自分も家に帰って家に明かりを灯す。
自分も今見ている景色と同じく、部屋に明かりを灯すのか。
そう思った時自分は癒やされた。慰められたのだ。
きっと分かってもらえない。とにかく、自分は団地が好きになった。
しかし、不思議と住んでみたいとはあまり思わない。きっと牧歌的な風景の一部として好きなんだろうと思い込んでいるが、実際言葉にしてみると本当によく分からない。